晴れた土曜日、上向いて

理由ばっかり尋ねる世界でワケなど一つも無く。

「ナラタージュ」見てきました。

 えーっと、書いてたものが消えました。

すごくショックですが、気を取り直して書き直します。

 

映画「ナラタージュ」を見た。小説「ナラタージュ」が映画化する、と情報解禁してから一年以上。情報解禁の次の日には原作小説を読みました。

松本潤を脳内で動かして、想像を膨らませて読んだ原作小説。そんな想像の松本潤を楽しみに、嬉々として映画館に向かった雨の日曜日。

見終わって映画館を出たとき、想像の中の松本潤はもうどこにもいなくて、雨の中に、葉山先生が、いた。

傘をさして雨が降る渋谷を歩く私は、自分に降ってる雨の音を聞きながら、泉に降っていた雨を重ねて、泉の葉山先生への苦しさと、「もう思い出にできた」少しの清々しさの両方をしみじみと感じていて、泉の大恋愛は綺麗な映画になってこの世に産み落とされたんだなあ、と感じました。

 

メガネの奥のちょっと疲れた目と、ハネてる毎日違う髪型と、シャツの首元から覗く白Tシャツと、いつも呟く「ごめん」と、全部が葉山先生を魅力的にしていて、でもどうしようもない感じが、すごくすごく葉山先生だった。

 

なんかほんと、苦しくて、でも葉山先生がすごく好きで、この苦しい感じが、1番リアルで、だから沁みた。

恋愛ってこの苦しさがついてまわってるはずで、少女コミックが原作になるようなかわいい恋愛映画とかで表される感情はこの世に一握りしかないはずで、ナラタージュの中にあるすこしの苦しみの方がこの世にはたくさんあるはずだって、誰もが分かってるけど、信じたくないし、もう出来ればあまり感じたくない。っていう苦しさがここにあって、見せつけられる。

 

葉山先生は、泉が昼休みに社会科準備室に来ることを毎日期待しちゃってるし、コーヒー入れてたくさんお話ししてくれるし、泉がプールに落ちたとき他の先生に食ってかかっちゃうし、卒業式の日にキスしてきちゃうし、どう考えても高校生が勘違いするには十分すぎるくらい行動しちゃってる。のに!何考えてるかわからない。なんだこれ!ってなって、先生が何考えてるか、アレコレ考えちゃう。

でも、このすこしの行動が、泉には希望でしかなくて、奥さんの話とか聞いたし、好きになっちゃいけないって分かってるはずなんだけど、葉山先生がもうどうしようもないから、好きになってしまう。だってこんなにたくさんされたら好きにならないわけがない。 そりゃそうだ。

ただ、すこしの理性と、芯の強さが、泉を支えていて、いつも「先生の力になりたい」って言うけど、でもダメなんだよね。なんでかなー。

 

葉山先生は泉が自分を頼ってくれていることを、人間として気力を取り戻すキッカケにしていて、最後海で喋る時に「恋では無かった」って初めてキッパリ言うんだよなー、うーん、ズルい。毎日社会科準備室で待っててくれたり、生徒にキスしちゃったり、そんなことされたら恋愛じゃないだなんて信じられるわけがない!!と、泉世代は思っちゃうんだけど、きっと「そうじゃない」んだ。歳を重ねたら分かるのかしら。

 

んでもってほっとけないのが、小野くん。

小野くんのあの泉を好きになっちゃったが故のメンヘラ感が、とにかくよい。うーん、あれはリアルでよい。小野くんって、泉相手じゃなかったらすごくいい人だとおもう。でも泉を好きになってしまった、葉山先生のことを見ている泉を好きになってしまった、もうそのせいで、感情がブレまくり。

一緒に寝てた時に部屋から出てったことあったよね?なんで?って聞くシーンあるけど、いや、でてったこと気付いたなら何してたかどう考えても気付くでしょ、近くで電話してたやん!!って、冷静にツッコみたかったけど、小野くんにはしてみれば、まだ泉は「小野くん」って呼ぶし、抱き合うけど距離感じるし、泉はもう葉山先生のことは忘れてる、という確証がどうしてもほしくて、本人の口から聞きたかったんだろうけど、案の定葉山先生と電話してた、と。ケータイ見せて、とか言ってくるあたり、ああ〜〜恋愛のせいで不安定な男子ってこわい〜〜〜!でもよい!!

小野くんは泉に自分が作った靴を履かせることで、近くにいると感じて安心してたから、病院に戻ると言い出した泉に、「靴脱いで」と言うからもうほんと、普通に恐怖感じてしまったけど、後からパンフレット読んだら、原作小説の著者の島本理生さんが

行ってほしくないから靴を脱げといったもののやっぱり悪いと思って履いてと言う、土下座までさせる、あのブレが切なくて、とても良かったです。

と、おっしゃっていて、腑に落ちました。そうだね、靴が無かったら歩いて戻らない 。でも泉は違った。まっすぐで、強くて、芯がある。靴なんか無かったって、行きたいところには行けちゃう、強い気持ちで人を想える、強い人だった。小野くんはそんな人を、好きになったんだよ…!

 

んでもってそのまま裸足で先生のところに向かう泉。先生に「靴どうしたの?」と聞かれて、泉がなんて答えるか、すごくドキドキして待ってました。普通に「小野くんが作った靴だったから」、と状況を伝えるとは思わなかった。だって、これは泉と小野くんの関係がどうなったのかを答えることと同じだと思ったから。いらなくなって、とか、走ってるうちになくした、とか、なんていうかなーと思ってた。

泉は、「壊れちゃった」って言った。ああ、小野くんとの関係は、壊れちゃったんだなあ、と思った。泉はもう先生とのことが何も着地しないんだと気付いたときから、小野くんのことを好きになれるかも?とか少しくらい思いながら、自分のことを好きでいてくれる人が近くにいれば自分も先生のことを忘れて、新しく生きていけるとか思ったのかもしれない。

けど、そんな気持ちでいたら、それが小野くんに伝わって、しかも先生のことが全然放っておけなくて、2人の関係は「壊れちゃった」。無念すぎ…あの靴は泉が履く用にサイズができていたのに、もう履く人がいないんだから、もうおしまい。小野くんどんまい…でもこれで、やっぱり泉は強いなあと思う。

 

 

泉は、小野くんといるときはどこか気が抜けてて、少し、心ここに在らず、と感じる目をしてるけど、葉山先生といるときはキラキラしてて、強くて、綺麗な目をしてる。

強いなあ、と思って見てたけど、パンフレットを読んだら、有村架純ちゃんが

 

(葉山先生は)本当に何を考えているのかわからなかった(笑)。なので、泉としてちょっとでも自分が弱くなってしまうと、そのわからなさに負けてしまう、飲み込まれてしまうような感覚がありました。

負けないためには、葉山先生と対等でいるか少し上にある気分でいないと保てないと思い、葉山先生と会っているシーンは「揺るがないぞ」という気持ちでいました。

 

 とおっしゃっていた。

あ〜ですよね!!!もう、今にも抱きついて、付き合ってください奥さんなんて捨ててください私と楽しかった時間を思い出して私のそばにいてくださいあなたも私がいなきゃダメでしょ!!と、叫びたくなるはずなのに、そうは言わない。強かったなあ、泉。

 

葉山先生が奥さんと別れて暮らす理由は分かったけど、いろいろあったのに奥さんの元に戻りたくなるくらい、奥さんのことを好きな理由が全然わからなくて、少しくらい描いてもよかったのでは?と思ったけど、この話は100%泉目線で描かれていて、泉の目を通してじゃないと、葉山先生はストーリーに現れない。

っていうのを、これまたパンフレットを読んでから気付きました。

 

行定監督と小川プロデューサーと話をしたときに、葉山というキャラクターは、泉ののなかに強く残っていればいいとおっしゃっていて、それは面白いアプローチだと思いました。

(中略)

葉山のシーンは全体の三分の一程度で、現場にいた日数もそれほど多くはない。でもその間有村さんはずっと富山にいて泉を演じ、ずっと葉山を想っていてくれた。なんというか、泉という箱があって葉山はその箱に入っていくような、そんな感覚を大切に演じました。

 

だそうな。松本潤のお言葉。

葉山先生のことは、泉を通して見ればいい、というか泉のを通してじゃなきゃ葉山先生の良さってのは分からなかったと思う。

 

 

あとよかったのは松本潤のラブシーンです。あー美しかった。あんな綺麗なの、松本潤じゃなきゃ見れない。ああ松本担でよかった。ほんっと、あの人のエロさ、日曜日11時の渋谷で繰り広げていいものじゃないわ!とりあえずそこはすごく、見れてよかった。綺麗だった。あと、あの時の泉の顔が、すごく綺麗で、ああ、本当に葉山先生のこと、大好きだったんだなあ。と気づく。最後にね、ちゃんと、最後だなあ、と思わされるわけです。

 

で、回想から戻ってきて、懐中時計が動いてる。朝が来て、外が晴れている。

泉はまた違うところで、新しい1日を綺麗に始められるんだな、と思うと、ここまでの苦しみを感じた泉が少しでも救われるような未来を感じられて、ここが原作と違うところ。

最後に葉山先生は「とどまっていたのは僕だけだったんだ」って、いうそのセリフをそっくりそのまま泉に言い返し、それを受けた泉は新しい朝をむかえてる。

 

 

ナラタージュ、本当に良かった。

ああいう、苦しさを、綺麗に見れる映画、邦画の中の恋愛映画のラインナップにはなかなか無いと思います。詳しくないけど。数年後に、見直したいと思う映画です。こういう映画は、時間をおいてあっためておくと、また別の感情が揺り動かされて、違った見方ができるのが楽しいし、映画ならではだなと思う。

葉山先生と、泉と、小野くんに、未来で、できれば数日後くらいには、少しいい事が起こってるといいなと、思います。

最後のシーンで窓を開けて、外が晴れてた時みたいに、いい予感がするような毎日が、みんなに待ってますように。