拾って、集めて、抱きしめて

備忘録であり、小さな主張である。

図書隊になりたくなってきた

先日「図書館戦争-The Last Mission-」を見た。いやはや…岡田准一のかっこよさ…あれなんなんだよ…。
ラストミッション以前の1と2を見ていなかったし、見ていなかったから尚更興味もなく、ラストミッションを見るつもりははっきり言って皆無だった。だがバイト先の店長が「アスパラさん見た?!図書館戦争!あれいいわよー!本当!なんで銃撃戦になるのかは全然納得いかないけど最後は『岡田くんかっこいいーーー』って終われるから!で、何故か泣けるのよ!泣かされるのよ!いいわよー!1と2見てなくても全然大丈夫だから!」とアツくオススメしてきた。店長…アツいっす…!!超絶プチ情報だが私は実は戦う書店ガールなのです。そして店長と結構いろんな話をする。しかも店長は女性の方なのでさらによく喋る。とにもかくにも店長のアツいオススメにより、ゼロポイントだった興味が突然75ポイントくらいまで急上昇してしまったので急遽見に行った。ちなみに数日前に最初の図書館戦争もDVDを借りて見た。堂上教官かっこよすぎて卒倒。

私の職種のせいだが、かなり考えさせられた。しかもオカダはかっこいい。盛りだくさんな2時間だった。初めて見たのでまず相関図や勢力図を把握しなければならなかった。図書隊とメディア良化隊の関係が最初はハテナすぎたしどの省庁の指示でそうなってるのか国はどうしたいのかもあんまり掴めなかったけれどとにかく「戦ってるんだな」というところで理解はストップした。させた。そんでもって榮倉奈々ちゃんかわいい。背高い。私も戦う“背が高い”書店ガールだから謎の親近感。ごめん。
で、なにが考えさせられたのか、という話である。「本を読みたい人がいる」から「本を守る」、という関係の上で成り立っているのはすぐ分かった。そして何が疑問なのかというと、私はレジをやっている時に割りとよく考えるのだが、何故人は「本を読みたくなる」のだろう。
本というのはとても不思議な存在であると思う。人の頭を活字の世界に誘い、支配する。「本」を作ったのは誰なのだろうか。あのカタチにしたのは果たしていつの時代の誰なのだろうか。作った人はこうなる未来を予測出来たのだろうか。高いお金を払ってまで本を購入し、読み、集める。胃袋が満たされるわけでもお金になるわけでもないのに人は本を読む。
お腹が空いたからご飯を「食べたい」。疲労がたまっているから「寝たい」、「休みたい」。この欲求と同様に「本を読みたい」という欲求が人間に存在する。実際、私自身本を読みたいと思う時はある。ふと「本を読みたい」と思うものの、その感情の出どころが分からない。わざわざ時間を割くこともするし、待ち合わせ時間よりはやく家を出てその近くのカフェで本を読んだり、たまに睡眠時間を削ることもある(該当者が他にもう一人思い浮かんだあなたは立派なえび担ですね)。紙面上に並んだ文字をただ目で追っていく作業。最初はただ記録することが目的であっただろう「本」が娯楽になっている。読者の心に踏み込んで荒らすことも整えることも出来る。小説を読んでいる人は自分の人生とはまた違う時間を活字の世界で送ることが出来るし、自己啓発本を読むような人は自分の人生の行く先がそこから少しでも変わることがあるだろう。本を読むのと読まないのとでは人生の豊かさがきっと変わってくる。図書隊になりたくなってきた。

本なんて言ってしまえば読まなくても死なないし、人間生活において必要度としては低いところに存在する。そんな中不思議で仕方ないが、本を読みたいと思う人はどうやらたくさんいる。私はずば抜けた身体能力も護身術も銃も権限もなにも持っていないけれど、本を読みたいという人がいる限り、本屋とその本に対して敬意を持って向き合っていたいと思った。