晴れた土曜日、上向いて

理由ばっかり尋ねる世界でワケなど一つも無く。

2019年1月27日

半年ぶりです。

ある意味、いや、いろんな意味で記念日となるであろう、2019年1月27日。絶対にこの気持ちは残しておかないといけないので、ここに残します。長くなる。と思う。

 

 

17時、ツイッターを開いた。活動休止。もうまた今日もガセネタか。はいはい。

と思った。でもなんか状況がどうやら違う。5人の、今日の日付のコメントスクショが流れてる。2021年以降、この地球から嵐が一回いなくなる。

 

2005年、嵐に出会った。道明寺が大好きなのか、松本潤が大好きなのか、原作漫画を読みふけり、ドラマを見まくり、真剣に考えたこともあった。でも違った。松本潤が大好きだった。

花男出は永遠の新規と呼ばれて、もう15年くらい経つ。自分の人生の半分以上は、間違いなく嵐と共にあった。自分の体は、嵐のいない世界で息をした記憶がない。

 

彼は本当に真面目な人で、優しくて、不器用で、堅実だ。20代前半から半ばあたり、演技の仕事やバラエティが続き、全然遊べなくて、ロケ中にロケを無視して海に駆け出したこともあるくらい、ヤンチャな時期もあったけど、それでも、やっぱりずっと真面目で、優しくて、不器用で、最高。

 

そんなわたしの大好きな松本潤が、いるグループが、嵐だ。嵐は、2000年代を、ただひたすらに駆け抜けた。気づかないうちに、5人の魅力に引き込まれた人たちを、順番に巻き込みながら、大きな渦を作った。気付いたら、めちゃくちゃ大きいサイズになってた。この大きさは、5人が大きくなったというよりも、5人の魅力が惹きつけた人たちの数だ。嵐はあまりにも大きくなりすぎていた。これは、2009年とかから、感じてた。10周年を経ても、その大きくなる加速スピードは、衰えることを知らなかった。2010年とかから、ツアーは当たらなくなりはじめた。

確かに、嵐は本当に大きな風を巻き起こしてた。たまに、5人はプライベートをどうしたいんだろうと思ったりもした。すばるが関ジャニを抜けたり、滝翼が思い思いの道を進んだり、こういういろんな出来事が起こる中で、嵐は自分の人生をどう考えてるのか、本当に気になった。わたしは、あくまで個人的な目線なんだが、アイドルとして生きる皆々様は、プライベートに不自由があるかもしれないが、それでも、ただの一般人が見ることはできない風景を見て、経験をしているんだと思えば、アイドルとして生きるスタート切ってしまった以上、その道を大きく外れることはしないでくれ、と思っている派だ。まあ誤解を恐れずに、端的に言ってしまえば、「アイドルだけどひとりの人間だから、」みたいな言葉が嫌いなタイプだ。そりゃあ間違いなく、ひとりの人間だけど、自分の才能と運と、努力を持って、日本国民1億人いてもそのほとんどが体験できない人生を歩んで、アイドルとしての人生を生業としているのだから、それ相応の覚悟を持って、ジャニーズでいてくれ、と願ってやまないタイプだということ。これは、嵐を見て育ったわたしの持論。嵐は永遠にわたしの前で、嵐でいてくれると、謎の自信があった。でもこれは、嵐を見てたというよりも、松本潤を見ていたんだと思った。大野担ではないから、分からないけど、大野さんを見てたら、趣味とか自分のもう一つの、嵐じゃない人生に興味を持ってフワフワどっかに行っちゃいそうなアイドルを、知れていたかもしれない。分かんないけど。

5人が嵐とプライベートをどうしていくかが気になる一方で、嵐は嵐をどう終えていくのかも気になってた。これはえび座のジャニ伝を、数年見続けたせいだと思う。嵐が終わる時って、すんごいおじいちゃんになる時なのかなとか適当に考えてたけど、心のどこかで、嵐は嵐を綺麗なまま終わらせるつもりがあるような気もしてた。すごく先の未来でだと思ってたけど。5人は、2009年にダッシュをキメたこのスピードのまま、ここまで10年また走って、この先10年、20年、走り続けることができるのか、現実的に考えて、体力的人間的に、無理な部分があるんじゃないかと思ったりする時もあった。

わたしの大好きな松本潤が、自分の大好きなジャニーズ事務所の、初代ジャニーズの話を知らないわけがない。綺麗なまま、ガタつく前に、5人が笑った顔だけがこの世に残っている間に、自分たちの時代を自分たちで終わらせる方法を知らないわけがない。大野さんから相談される前に、考えたこともあったと聞いて、全然驚かなかった。むしろ納得。だよね、輝いて笑って最高に幸せな5人が大好きなあなたが1番、少しでも崩れる嵐を見たくないはずだ。

2017年アルバムにSong for youをいれた時、この曲を20周年にとっておくのもいいんじゃないかという案に対して、できる時にやろうという結論に達したときも、20周年の時でいいじゃ〜んなんて思いつつも、妙に納得した。先は分からない。それは嵐だろうとなんだろうとそう。永遠なんて無いんだと、ここ数年でオタクたちが思ったのと同じように、5人も感じたはずだ。でもいろんなアーティストやアイドルが芸能界から姿を消していくなかで、やっぱり嵐に、永遠を信じたい気持ちもあった。嵐だけは、どうかずっとそこにいてくれ、と思ってた。

 

 

 

 

活動休止だから、また再会できる日がくると信じて待つことしか、私たちには出来ないらしい。でも今まで私はそんなことしたことない。信じて待つだけだなんて出来ない。えびになかなか露出が無くても、すのがギリギリの状態でいたときも、なんならこの間9人編成が発表されたときも、永瀬が東京に来たときも、キンプリとしてデビューしたときも、わたしには嵐がいた。嵐だけは変わらずにそこにいてくれたのに。嵐がいない世界の歩き方を知らない。

ただひたすらに今は悲観的な自分がいる。「休止」だからまた戻ってくる日がくる、あと2年間全力で笑って嵐を見送る、なんてそんなことが出来る自信が全くない。

でも会見で、わたしの想像以上に冷静な松本潤がそこにいて、ついてきてくださいと、自分の声でそう言った。絶対1番緊張して、熱くなってしまうような気がしてたけど、思った以上に冷静だった。そしてその、わたしが大好きな松本潤が、冷静に、ついてきてください、と言った。下を向いたままでもいい。前を向くことは難しい。けど、どれだけ泣いてても、下を向いていても、顔が崩れまくってても、彼らが私たちに伸ばしてくれる手を掴んで、後ろをついていければいいのかな、とも思った。

絶望的観測もあるけど、怖いからいまは言葉にしないでおく。2021年以降、そんな時がきたら、仲良い友達に片っ端から連絡して、ジャニーズには触れずにひたすらにわたしの体内にアルコールを入れてくれと頼む。

ただ、希望的観測もある。これは間違いない。彼らがそれぞれにスキルを磨いたり、プライベートもしっかりしていくなかで、また、笑って再会する日が来る可能性だって、まだ誰も否定は出来ない。私には、そんな日まで今日から頑張る余裕は正直無いけど、落ち着いたら、また、待つ体制の準備はしてみたいとは思う。

 

結局今日一日で、何も落ち着かないしこれからどうなっていくのかさっぱり分からないけど、きっと明日からも、働いて飲んで寝て働くし、いつも通りの日々を過ごすしかないんだろう。明日からどうなるのか、想像つかないけど、とりあえずまだ明日、嵐はいるので、一旦落ち着きたい。忘れたふりしてまたどうせはしちゃんかわいいとかながせの顔が最高!とか騒ぐと思うけど、こればっかりは許してほしい。嵐は自分たちのせいで、わたしを自粛モードにさせたいわけではないはずだ。いつも通り、嵐のいる生活が、一度期限付きになったというだけの話だ。たぶん。そもそも嵐のスタートも、バレー応援の期限付きだったかもしれない訳だし、まあ、ポジティブに捉えればそういうことだ。

 

 

 

読んでないはずだが一応、分類として書き残す、オタクではないリア友へ。

頼むから軽々しい気持ちでこの件について話しかけないでくれると助かる。カラオケは行きたいので付き合ってほしいですが、間違ってもラブソーとかは歌わないでください。イントロで泣き崩れます。

 

オタクのリア友、会ったことある仲の良いオタクの皆さま。

はちゃめちゃに気遣ってくれてありがとう。みんながあえてツイートしないでいてくれるのが分かります。勘違いだったら恥ずかしいが。たぶん数日で落ち着きますが、この人生であるかないかくらいの滅多にないレア度☆☆☆☆☆☆テン下げモードなのでしかと目に焼き付けておいてもらって、10年後くらいに笑って話してください。

 

他担のみなさま

たぶん自分のTLに嵐担一人もいないジャニオタはいないんじゃなかろうか、というくらいの規模感ですが、皆様は変わらずに自担へ愛を叫んでいてください。推しは推せる時に推せ。今まで多くのオタクたちが身をもって教えてきてくれていますが、またこれもそういうこととなります。みんなで、目の前にいる自担に愛を叫ぼうな。

 

嵐担のみなさま

今日はみんなで泣こう。会見の嵐を見て、笑いながら泣こう。もうそれ以外にやることがわたしには見つからないよ。

それでまた、明日から働いて、遊んで、嵐が嵐という仕事を笑ってやっていたように、頑張って生きよう。

 

嵐へ

今日だけは、言わせてくれ、日付超えてるから30日だけど29日の25時ということで許してくれ。

 

 

 

 

嵐、本当に寂しいです。わたしは本当に嫌だよ。頼むからせめて何年間なのか決めてほしい。無理だと分かってるが。マジで嫌です。本当に嫌です。ポジティブに考えられるオタクとしてわたしを育てておいて欲しかった。嵐に一桁歳で出会ったときから、それなりに一緒に走ってきたつもりです。嵐が見せたいもの、やりたいこと、一緒に走って追いかけて、嵐担は謎に最新技術とかに詳しかったりして、でもじゅん担だから歌舞伎も押さえなきゃいけないし。でもひたすらに先を走っていく嵐を追いかけることしか、してこなかったわたしは、これからどう走ればいいのか分からない。わたしは嵐に永遠を見てたのに。でも今、永遠を形にしたような存在だったのに、その嵐が、形を無視して概念になっていくような感じがする、それこそ、初代ジャニーズみたいに。

永遠なんてないんだと、わたしは嵐で学びたくなかった。という気持ちと、じゅんがついてきてくださいと言うから信じねばならないという気持ちが同居して、体が二つに割れそう。

多分嵐のこと、50年後くらいに、誰かが嵐伝説って舞台やるよ。タッキーとかが演出する。きっと。その時は這いつくばってでも帝劇に見にいくよ。

こんなこと考えてる反面、笑って会見する嵐を見たら、ポジティブにあと数年待てるかなと思う瞬間もある。これが嵐のすごいところなんだろうな。

嵐に育てられたオタクだから、嵐が言ったことがそのまま全て自分の感情になってしまう。だから、みんなが言ってたように、この2年間を真剣に頑張る。そのあとのことはその時考える。とりあえずみんなお疲れ様。

文字にすると言ってる事無茶苦茶だけど、このくらいわたしの頭の中もカオス。数年後に見たら面白いんだろうなという記事が出来ました。ありがとう。

 

 

P.S

嵐いないならオタク辞めようかな。。。。。とかいう謎の思考に走りそうになったけど、オタク以外の生き方は、本当に知らないので、それだけはやめませんヨ〜ン

 

2019年1月27日

 

想像以上の現実は、今ここにあった

大切なのは、お金でも時間でも愛情でもない。これまでの記憶だ。

そう言って、公演の最後に命がけで「フィクション」を歌ってくれたのは、sumikaの片岡健太さん。

想像以上の現実をありがとう。そう言って私たちに音楽を伝えてくれるsumika日本武道館というバンドマンの最高に特別な場所で、あんなに心と心の距離が近いライブを他に知らない。

「あなたの、目線と、表情が、この音楽をつくる。」私たちの、手拍子と声以外の要素が、sumikaの音楽をつくることに驚いた。片岡さんの中で、私たちの目線と表情が、音楽に変えられる。そんな幸せなことがあっていいのか、ドキドキしながらも、私の口角はあがる。私の目線と表情がsumikaの音楽になるならせめて最高の笑顔でいたい。

 

どの曲も、どの瞬間も最高だった。

単独の武道館ってこんなに幸せなんだって、みんなに言いふらしたい。想像以上の現実はここにあったんだ。

みんなのsumikaの瞬間と、私のsumikaの瞬間があって、1万と4人で音楽をつくる瞬間と、まるで私のためだけに歌ってくれてるみたいな瞬間がある。

大好きだ、大好きだって、大声をだして歌った時も、人の歌に自分重ねた時も、片岡さんはまるで私に歌ってくれてるみたいだった。

でもそれは、決して、ライブ中に「みんな」と言わない片岡さんだからこその力なんだと、単独ライブで何度も思わされる。

「僕」と「あなた」。「僕」と「みんな」じゃない。絶対に対等な立場でいてくれる。ステージもフロアも関係ない。一人称と二人称でいてくれる。

客席を向きながら、「こっちがステージなんじゃないかと思った」と言う片岡さん。私たちは、音楽を作り続けると決意した片岡さんが誰よりも輝くステージが見たいんだよ。ステージに立ってくれてありがとうと、私は思うのに、片岡さんは私たちが主役だと言ってくれる。

そんな相思相愛が、4人と1万人分の組み合わせで武道館に充満する。2018年7月1日、世界中のどこを探してもこんなにお互いがお互いのことを想い合う空間は無い。

公演前の武道館で4年ぶりに再会した友人同士のことを見つけた片岡さんは、sumikaがこれからも誰かの待ち合わせ場所みたいな存在でありたいと言った。sumikaの音楽を聴くと、一緒に騒いだ友達のことを思い出す。その時好きだった人のことを思い出す。人の歌に重ねた自分のことを思い出す。sumikaはもう、すでに私の居場所だった。心の住処だった。

この日一緒にsumikaを見つめた友達と、またsumikaのライブに来たいと思った。

 

 

4人が最高の顔して音楽を続けてくれる。音楽を続ける理由がまた見つかったと、私たちの顔を見ながら言ってくれる片岡さんのその人生と決意に、私たちはまた前を向かされる。

また生きて会おうと、最後に言ってステージを去る片岡さん。

もう少し頑張って、また次に最高の顔して会いたいな。今度はもっと、sumikaの音楽を、全身で浴びたい。もっと、sumikaと私の記憶を増やして、私の力にしたい。sumikaの力になりたい。私が、ここで音楽を聴くだけでsumikaが音楽を続ける理由になるなら、死ぬまで全身でsumikaを感じていたい。

 

また生きて会ってください。その、sumikaを背負った背中を、その決意の重さを、一瞬でも、少しくらい一緒に持ってあげたい。感謝を、愛情を、伝えさせてほしい。毎日を支えてくれるsumikaに、私の気持ちを伝えられるのはその一瞬しかないからさ。雨が降ろうと槍が降ろうと、また会いに行くよ。

 

 

 

事前情報全くゼロで万引き家族を見た女の感想

万引き家族、見た。

ネタバレあるかも。

 

別に、泣かなかった。というより、泣けなかった。ただ、苦しい。切なくて、ある意味羨ましくて、悲しい。

絆とか、家族ってなんだろう。と思った。自分って恵まれてんのかな、と思った。名前が2つある人生じゃなくてよかったんだろうな、と思った。

でも、恵まれてるって、なんだろう、とも思った。人に恵まれ、環境に恵まれ、運に恵まれ、今ここでこの家族のことを他人事として見てる。

現実って辛いな、と思った。何が起こるか誰にも分からない。でも、現実って捨てたもんじゃないな、とも思った。辛いことはあったけど、確実にあの家族のおかげで、リンは助かった。

 

あの中で、ほとんど誰も泣かなかった。現実って泣いてばかりじゃいられなかった。

みんな生きるために必死だった。何が起こるか分からないから。みんなおばあちゃんのこと大好きだったのに、お葬式ができなかったのは残された自分が生きていかなきゃいけなかったから。死体遺棄、そんな簡単な言葉で説明できるような行為では無い。誰かが捨てたのを、拾った。埋めたのは。おばあちゃんが、おばあちゃんであることを捨てた時、5人が拾った。お金はお金。ありがたく頂戴する。だって死んだ時、おばあちゃんはおばあちゃんじゃなくなった。こういうのはしょうがない、順番にくるんだから。

 

無料で拾ってきた子たちは、あの6人の中で幸せそうだった。生きていくことの難しさと、生きていくことの楽しさと、人の愛情を知った子どもは、強くなった。幸せとは何かを知った。家族の意味を探し始めた。

誘拐したわけじゃない。誰のものでもなかったから、連れてきた。その持ち主が、困らなさそうだと思ったから拾ってきた。

世間は、その6人しか知らない世界を見てないくせに、血の繋がった世界に戻したがる。感情で繋がったつながりじゃなくて、他の人からも理解しやすい環境に戻したがる。親は子供を選べないし、子供も親を選べないけど、その誰もが生きる環境を選ぶ権利はあるはずなのに、大多数がまともだと分かりやすい環境を子供に押し付ける。

 

まとも、ってなんだよ。みんなそれぞれ生きてるのに、なんで部外者が理解しようとするのかな。これだけは分かる。リンは絶対に6人でいた時が一番幸せそうな顔してた。

 

深いことは全然わからなかった。

けど、みんなが、家族であろうとした。みんな、どっかから万引きされてきた人たちかもしれない。だけど、それでよかった。

子供の歯が抜けた時、男の子が男子になろうとした時、遊びに行く服を買った時、血が繋がっただけの家族なんかよりよっぽど、そこには絆があった。

帰れば誰かが待っててくれて、一緒に冬も夏も感じてくれる人がいて、一つの鍋囲んで、誰がどう見ても、家族だった。

以上でも以下でもない。家族であろうとしながら、毎日を懸命に生きてたのに。ただ、法で繋がった家族じゃないから、病院に迎えにいけなかった。

しょうたは、このままじゃいけない、と思った。世間の正解が気になってしまった。わざと捕まった。妹に、大事な妹に、万引きさせてる家族は良くないことだと思った。

車上荒らししてる父親を見て、こんなことじゃいけないと思った。

 

本当の家族ってなんだろう。本当の父親ってなんだ。本当の母親ってなんだ。一緒に海で楽しく遊べてたら、一緒に生活して、ご飯食べて、愛情を注げることが出来れば、それはもう家族なんじゃないのかな。損得勘定無しに、想い合う関係なら、家族じゃないのかな。

リンは、強くなった。でも、血の繋がった両親のもとで、果たして幸せに生きていけたのかな。6人でいた時、絶対に1人じゃなかった。お兄ちゃんがいたし、おばあちゃんもいた。

たくさんの人に囲まれて愛情を受ける権利を、

血が繋がってないからってその環境をリンから奪い取る権利なんてだれも持ってないはずなのに。警察は誰を守る仕事をしてるんだろう。

おばあちゃんのお葬式を、リンが生活する環境を自分で選べる権利の主張を、しょうたが学校に行ける支援を、この6人が万引きしなくてすむような社会を、現実では誰が、助けてくれるんだろう。

 

フィクションだったけど、現実だった。

普通の顔して近所の商店街を歩く親子は、血が繋がってないかもしれないし、毎日を生きることに精一杯かもしれない。こんな世界が、ずっと自分の人生の真横を、出番が今か今かと待ちながら平行して歩いてる。

本当の家族ってなにか、絆ってなんなのか、出会ってみないと分からないこともあるよなあ、と、思った。

 

 

 

 

 

映画「坂道のアポロン」のラスト上映日に観てきた話

忘れないうちに。書きます。

今更見ました。「坂道のアポロン」。今日が多分TOHOシネマズ諸々含め、ラストの上映日でした。もうほんと今更だけどいろんな人にオススメしたいのに、上映終わりました。無念すぎる!!

てことなのでサントラ聴きながらお送りします。

 

久々にこんな上質な映画に出会った気がする。あと、こんなに事前情報無しに見た映画も久しぶりだった。自担出演以外の映画もたくさん見に行こうと気付かされた日でした。良い一日だった。

いや、もうこれはアポロン出のセンちゃん担になること間違い無い、というかなった。

 

高校生うらやましいなと思った。あんなに感情をむき出しにして、笑ったり泣いたり殴ったり走ったり。年取って気付いたけど、喜怒哀楽っていうのはそうそう表に出るものではない。というかなくなる。みんなどこかで感情を押し殺してて、押し殺せてない人は社会に向いてないと思われて自分勝手な人というレッテルを貼られる。

でも高校生のうちって、自分の素直な感情であれば、どれだけ表に出しても誰も自分勝手な人、っていうレッテルは貼らないんだなと思った。というか思い出した。高校生の素直な感情ってのはぶつかり合える。うらやましいね。

 

で、このぶつかり合える素直な高校生の感情、ってのを、坂道のアポロンではジャズのセッションを通して表現されてるなと思った。薫とセンちゃんのセッションは、2人の関係性とかお互いの気持ちとかがシーンごとに顕著に違いが出てて、ド素人だけどめちゃくちゃ面白かった。

バーでのセッションは、2人で外国人見返すぞ!みたいな、一つの敵に対して協力して戦いに行く意識がすごかったし、お互いのパートを巧く魅せるセッション、って感じで、ディーンのトランペットと歌を引き立たせる雰囲気があったけど、体育館のシーンはもう!もう!!

2人の!!バチバチの!!戦い!!魂の!!!戦い!!!!

お互いに「さっきは!!」「ごめんな!!!」「ごめん!!!」「忘れろ!ンなこと!!!!」みたいな通常の一連の仲直りの流れがセッションに対して注ぎ込まれてて、アツい。音楽で繋がった人は音楽で離れるけど、音楽でまた再会できる。ほんとこいつら仲良いんだっていう関係性がちゃんと見えたのがすごいよかった。この音楽と楽器の在り方がセッションだ、って素人にもわかるようなシーン。アツすぎる。ちなみにこのシーンの北斗が絶妙にダサくてよい。

 

あとなんかやっぱ、男2女1の3人組っていつでも最高だな。ハリポタも最高だもん。

2人の男子が仲良くなったり、ぶつかったりするのを、あんな近くで見て、普通にしてたら分かりづらい男子の友情を一番近くで感じて。

ずっと3人でいて、3人の仲を崩すような女はいないはずだなんてどこかで信じちゃったりして、でもまあお決まりでよく知らん年上の女が出てきて、ずっと3人だと思ってたのにそれが引き裂かれそうになったりなんかしちゃって、でもそんな2人のことを一番近くで見てるのは自分だって思うとめちゃくちゃ誇らしくて泣けたりなんかして。ああありっちゃん!!すき!!!!

 

菜奈ちゃんの60年代ファッションが似合いすぎてビビった。時代設定もすごいよかったし、原作そのままとはいえ、変に現代に設定し直すことなく映画になったのはすごく良かった。

ここまでくると原作者が天才ってことになるけど、時代と舞台設定がしっかりしてたのが一番の勝因だと思う。

ただ、ディーンの役で大学生で、学生運動とかなんかその辺のことはいらなかった気もする。まぁどっちでもいいけど。

 

てか冷静に考えて、ディーンと真野の2人がバーでなんかありげに話してたのに気付かないで、薫に知ってたのかよ!!!とか言ってキレるシーンだけは解せない(薫担)

地下室でみんなが帰っちゃったシーン含めてセンちゃんには察する能力が足りないけどそこがかわいいから許す。

 

 

ジャズのセッションって、こんなアツいものなんだって、一番分かりやすい形で提示してる気がする。ジャズミュージシャンがすんごいオシャレにセッションするのもかっこよくて好きだけど、セッションの本質はこういうことだと思う。

ミュージシャンがカッコよく見えるのは、普段生活してる時に押し殺してる喜怒哀楽の表現方法をみんなどこかで探してるからだと思う。高校生が感情のままに泣いたり恋したり笑ったりするのをうらやましく思うのと同じように、ミュージシャンのことを見てる。

てことはつまり、高校生がジャズのセッションするなんてのは、大人が見た時に心打たれるに決まってる。しかも本当にこの映画と音楽がキッカケで仲良くなった2人の、本当のセッションなんて、グッと来ちゃうのはもう当たり前すぎてなんも言えない。

 

ほんとオススメしたい、私も人に勧められて見た人だけど、これほんといろんな人にオススメしたい。最後の小田和正でグッとくるからちゃんと見てほしい。

なんか最近つまんないなーって人とか見てほしい。高校生の時のこととか思い出したりなんかしちゃってほしい。羨ましがるだけじゃなくて、帰り道にジャズ聞けばちゃんとその時に戻れる気もするから映画見てほしい。

たぶんまだいろんなこと言い忘れてるけど一回見ただけじゃこのくらいが限界。2回目見たいな〜、今日?昨日?が上映ラストだったんでした。アー。残念。

機会があったらいろんな人に見てほしい。ゴリゴリの恋愛映画は飽きたし胸焼けするけど、青春思い出したい人に見てほしい。ジャズは大人の心に優しいです。ありがとう、いい薬です。

 

 

小さな王国の王様たちは、旅に出ることになりました。

記録として、ここに残しておきます。

未来の私が、どんな気持ちで遡るか分からないけど

なにかしらの形で、気づきになればなと思う。

 

 

 

2018年1月17日、せっせと働いてた私のLINEが三回連続で鳴って、気になったからロック画面だけ確認。友達からのLINE。

「キンプリデビューおめでと(笑)」

 

………は?キンプリ?いやまって?デビュー?

 

普通に混乱。意味わかんないぞ?

 

人間ってびっくりすると、ほんとに脳みそ止まる。初めて知ったわ。涙出るとか以前に驚きがでかすぎて、とりあえずトイレのフリしてケータイ確認。

 

一気に情報の波が押し寄せて、ぜんっぜん脳まで届かない。目に入るだけで理解できない。

 

KINGとprinceがまとまって6人で今春CDデビュー。

名前はKing&Prince。

ユニバーサルと合同立ち上げのレーベル「ジャニーズユニバース」の第一弾アーティスト。

 

こんな情報の中に、インタビューで出てきたジャスティンの名前とかも混ざってるからもう訳がわからない。

おめでとう!という祝福の声と、6人…?という困惑の声が飛び交うタイムライン。

めでたい!と一瞬で思った。

 

 

 けど実際のところ、安心が大きかった。

 ああ、3人は、ずっと一緒にいれるって信じていいんだね。

 

 

 

正直KINGなんていつバラバラにされてもおかしくない状況だったと思う。状況、というか可能性はゼロなんかじゃなかった。‬きっと。それはKINGだけじゃなくて他のユニットも含めて。
‪いつどうなるかなんて分からないJr.界隈で、あんだけ推されて推されて、でもいつバラバラにされて、誰かとくっついてデビュー、なんてされるか分からない。

何が起きてもおかしくない、ってずっと安心なんてしてなかった。

 

あんだけ押される理由も、人気があったから推されたのか、推されたから人気出てきたのか、タマゴが先かニワトリが先か、みたいな意味のない考えも個人的にはあったけど、推されても数字出せなかったら普通に切られる話だし、他にもっと個性的で自分たちの道切り開いて強い意志と絶対のパフォーマンスで観客を魅了できるユニットとかたくさんある。

 

ずっとこう思ってたから、KING三人でデビュー、いつかなあ、っていう気持ちと、すのとかすととか、それ以外にだってもっと歴が長くて実力もそれなりの知名度もあるユニットの精神的時間的努力がそろそろ報われてもいいよなあ、ってのとか、そもそもJUMPみたいにユニットの人気どころ引っ張ってきてデビュー、とかだってあり得るなあ、とかで3割ずつくらいを脳内が占めてるような状況だった。


‪でもそれが一瞬で変わった。この6人でCDデビューです。その一言で、この間までの3つの悩みは全部吹き飛んだわけだった。

 

Mr.KINGとして3年弱、一緒にステージに立って成長してきた3人は、これからも一緒にいれる、という確証を持って、メジャーCDの世界に飛び込むことを決意してくれた。しょうれんかい、こんなに愛おしくてまるっとかわいい名前の羅列あります?ってくらいほんとうの三兄弟みたいな3人は、CDデビューという形で結果的にこれからも一緒にいれることを証明してくれた。こんな喜ばしいことはない。

 

確かにMr.KINGが好き。3人が入れ替わり立ち替わりステップを踏んでフォーメーションを変えながら歌うパフォーマンスも、誰が真ん中に立っても綺麗に見えるバランスと、お互いに切磋琢磨し合う関係も、2016年から明らかにまとまってきた仲の良さも、ステージに立つと天才的にイケメンな3人が突然キラキラ輝き出して夢を見せてくれることも、全部全部Mr.KINGが作ってくれたものだった。わたしたちに3人が与えたくれたものは山ほどあるし、綺麗な景色も、ペンライトの海も、3人のアイドルの成長も、全部くれたのはKINGだった。

ただ、小さくも、濃度の濃かったMr.KINGという王国で成長した3人は、新しく別の国の王子たちと一緒に、新しい景色を見に行くことを決めたんだよね。

 

 なんで6人なのかなあとは思わないとか言ったらめっちゃ嘘になる。
でももう、主犯が、とか、直談判が、とか、聞きたくないし、言いたくない。このタイミングでCDを出してデビューだと言いたい、自分の横にいてくれる人と一緒に戦いたい、と思っていた人が努力した結果がこれ。

さっきも言ったけど、Jr.のユニットは、確証がない。本人たちも、今頑張る場を与えられてるだけで、みんなはライバルで、みたいなこと言う子とかもいた気がする。

それはきっと、KINGも例外じゃない。

横を見れば2人がいる、一緒に頑張る人がいる、って何度も言ってたし、確かに3人はそれぞれお互いに支えになりあってたはずだけど、自分の努力と、仕事と、自分の夢が、一番信じられるものになってたんじゃないかなとも思う。デビューの形にはこだわらないって、誰かが言ってた。つまりそれは、今横にいる人たちと世界へ、っていう気持ちの反面、自分の夢を追えるタイミングがあれば迷わず向かう、という意味でもあったと思う。

 

だからこそ、今ここで6人がグループになります、という宣言は、「横に立っている5人は、もしかしたらライバルになってしまうかもしれない5人ではなくて、一緒に高みを目指していく仲間になりました」っていう宣言と同義だと思った。

きっと相当6人は話し合ったり悩んだりしたんじゃないかなとおもう。ここのところ3人と3人でかなりしっかりやってたからこそ、ここで6人が集まる意味はあるのか、6人でやれることはここまで3人でやってきたことより大きなことで価値のある、賭けてみる価値があるものなのか、当事者なんだからきっといろんなことを考えたはず。

6人が6人でやると決めたからには、そのかたちを応援したい。これからまだまだ長い道のりがあるし、可能性と伸びしろしかない。

 

関西から東京に出てきて、そこで仲間を見つけて、新しい環境で夢を追い始めて、誰よりも努力するけど絶対表には見せないしカッコつけたがりだし、トークまわすのが仕事だと自覚しながらも、それはまわりの人の役割を見極めた上で自分がトークまわそうと決めたその真面目な分析力からで、得意じゃないってずっと感じながら上達しようとしてて、ステージの上じゃまわしたくてまわしてます〜みたいな余裕な感じをわざと出して。得意そうな顔してでも実は努力が実らせた結果であって。

昔に比べたらほんっとトーク力あがってるし頑張りが自分の横にいる人たちを生かすことに繋がってる。だからこそ言葉が発する力の意味を理解していて、会見の時も、地に足ついたコメントが出来てたんだと直感的に感じた。成長して、大きくなろうとしてるよね。

 

こんな永瀬廉が輝ける場所が、少なくともこのジャニーズの世界の中にあるなら、絶対に応援してあげたいと心から思う。彼はまた新しいステージに進んで、キャリアアップを決意して、アイドルとして夢を追いかけようとしてる。アイドルとして続けるという意思があることに、また喜びを感じるし、まだ私たちの前にいてくれるなら、たくさん応援したい。

ここまで多分すごく迷っただろうし考えただろし苦労しただろうし、楽しくワイワイしてた関西から東京に出てきたわけだし、これからはシンプルに自分の夢を追いかけて欲しいので、おばさんは支援していきたいと、おもいます。

 

 

ここで6人で始めたことが正しいとか正しくないとか、今は誰もわからない。ただ、正しかったね、と時間が経ってからみんなに言わせることはできる。

それはこれから変えていけること。これからできること。

アイドルとして、ジャニーズとして、King&Princeとして、 あと少し先の未来で、6人でいれてよかったと、世間が、そして6人が、自信を持って言えるように。

がんばれ、自分と、隣にいる5人のことを信じるんだよ。

 

2017年総括編個人的優勝発表

皆さま2017年があと数時間で終わりを告げようとしています!!!

どんな一年だったでしょうか!!!!

と、年内に書き始めましたが、もう年明けてますね!あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします!!

 

2017年現場総括編としてだらだら書いていきたいと思いますので!!おつきあいください!!!!

 

2017年ははなんか2016年に比べて、Jr.からV6兄さんまであっちこっちたくさん行ったなーという印象。

個人的優勝は、りりほわ@横アリ、と、えび座2017、と、Song for you @東京ドームラスト 、!3つあるけど!一位タイだから全部!

 

りりほわはあの、イントロでめちゃくちゃにテンション上がってメロディにクソノリノリで5人を見てたらサビでふぉゆが来て、ブチ上げ、っていうの、あと300000000回はやりたい。

りりほわに関してはもう曲それだけで優勝なのに、A.B.C-Z5人が踊るっていう要素と福ちゃんが振り付けた、っていう要素まで追加されて、横アリの真ん中で9人が踊るなんて、ありゃあもう、優勝しないわけない。嫌いな人はいない、絶対。はやく家で見たいな〜〜

 

二個目はえび座2017ジャニーズメドレーね、これはもうなんていうか、まさか日生のスクリーンに、嵐が映し出される日が来るだなんて思ってなかったので、そこです、

あと涙くん、さよなら、のはしちゃんのきゅるるるん!きゅるん!って感じが、久々のはしちゃんですごくよかったてのもある。お気に入り。

あと、はしちゃんのここ数年間のダンス力向上キャンペーンが驚異的。ちょっと前まで、少し自信なさげに踊ってたはしちゃんが、お兄ズとカウントずれることなく、一緒に楽しそうに踊って、カメラで抜かれてもにこにこしてるのが印象的だった2017年。楽しそうでなによりでした2017年。

えび座2017年、ジャニーさんがどれだけえびを大事にしてて期待して夢を背負わせてるのか、託してるのか、全力で見せに来た舞台だったと思う。

ジャニーさんがエンターテインメントの世界で究極追い求めてるものを、探す手助けを、一番に出来ているのがえびだと思うと、えび担として誇らしさしかない。あんなに実力しかないのに真っ直ぐで、不器用で、絶対近道はしない5人が、もっとたくさんの人に知ってもらえるといいのに、と真剣に考えた2017年だった。

正直、年末音楽番組に全然呼ばれなくて、少クラ出て、年越ししてCDTVで、忘年会ソングせっかくリリースさせてもらったのに、年内にテレビで披露する場面全然ないの本当におかしいと思うんだけど、この悔しい思いも、2018年以降羽ばたくためだと思って、ぐっと堪えるのがえびなのかなと思った。頑張ろうねまた来年も。

 あとこれ、ジャニーさん、ずっと生きててね…全世界の医療の最高峰の技術を使いまくって、とにかく不死身になっといてもらわないと、これからの日本やばいと思うんですよ、。

ジャニヲタ、ルーツを辿ればみんなヒロム担だから、金なら出せます、出します。

 

 

あと最高峰として挙げておきたいのが、untitledですよねえ、あー今年も越えてきましたよーって思ってる。

個人的には大好きなツアーはLOVEなんだけど、好み云々置いておいて、また今年も楽しいツアーをありがとーーーーってかんじですよね。毎度毎度公演後のビールがうまいのなんの。

Song for youとかいう天才ソング、東京ドームラスト公演で、「いつの日も 僕ららしく 笑って」の歌詞のところでめちゃくちゃに水分量多いうるうるした目で、横に並んで立つ4人のこと見渡して見つめてて、こっちの涙腺が壊れた。

ジャニーズ内でも、外でも、「アイドルグループ」という存在の不確実さが目立った年だったけど、そんな時にSong for youという曲をファンに送ってくれた。その気持ちに関してはついて行くしかないなあと。2017年嵐、アツかった。

 

番外編ノミネートはナラタージュかな。

久々の映画、感情グルングルンかき乱されて、普段とはまた違った、載せられた深い意味に考えさせられた。

また数年後、2020年とかに見直せてるといいな。今悩んでることとか、全部全部消化していたい。

 

ま、番外編優勝としては、我らがMr.KING永瀬廉さんですね。

顔が天才。優勝。本当に最近メキメキ顔がかっこよくなってるよね。中身ももちろんだけど。

かっこよすぎて、キントレ公演では顔見ながらずっと笑いが止まらなかった。じゅんの顔を近くで見た時も笑い止まらなかったので、本気のイケメンを目の前にすると笑いが止まらなくて涙流しながら笑っちゃうことが判明した2017年。

永瀬さんはKINGとしての将来のこととかすごく考えてるように見えて、これからが楽しみだなあ、と期待させられた1年間でした。ここんとこのモチベーションの高さ、見てて本当に幸せです。2018年もっとメキメキ成長して羽ばたけますよう、、!

 

 

2017年、現場だけ取り出してもいろいろあつたなあ〜〜

もう2018年なので!もう前だけ見て!元気に!

ちょっと戦わなきゃいけない年になるはずだけど、マイペースに、あまり我慢しないような1年にしたい!!

私が応援できるみんなが、素晴らしい場所で輝ける1年になりますように!

 

 

 

 

「ナラタージュ」見てきました。

 えーっと、書いてたものが消えました。

すごくショックですが、気を取り直して書き直します。

 

映画「ナラタージュ」を見た。小説「ナラタージュ」が映画化する、と情報解禁してから一年以上。情報解禁の次の日には原作小説を読みました。

松本潤を脳内で動かして、想像を膨らませて読んだ原作小説。そんな想像の松本潤を楽しみに、嬉々として映画館に向かった雨の日曜日。

見終わって映画館を出たとき、想像の中の松本潤はもうどこにもいなくて、雨の中に、葉山先生が、いた。

傘をさして雨が降る渋谷を歩く私は、自分に降ってる雨の音を聞きながら、泉に降っていた雨を重ねて、泉の葉山先生への苦しさと、「もう思い出にできた」少しの清々しさの両方をしみじみと感じていて、泉の大恋愛は綺麗な映画になってこの世に産み落とされたんだなあ、と感じました。

 

メガネの奥のちょっと疲れた目と、ハネてる毎日違う髪型と、シャツの首元から覗く白Tシャツと、いつも呟く「ごめん」と、全部が葉山先生を魅力的にしていて、でもどうしようもない感じが、すごくすごく葉山先生だった。

 

なんかほんと、苦しくて、でも葉山先生がすごく好きで、この苦しい感じが、1番リアルで、だから沁みた。

恋愛ってこの苦しさがついてまわってるはずで、少女コミックが原作になるようなかわいい恋愛映画とかで表される感情はこの世に一握りしかないはずで、ナラタージュの中にあるすこしの苦しみの方がこの世にはたくさんあるはずだって、誰もが分かってるけど、信じたくないし、もう出来ればあまり感じたくない。っていう苦しさがここにあって、見せつけられる。

 

葉山先生は、泉が昼休みに社会科準備室に来ることを毎日期待しちゃってるし、コーヒー入れてたくさんお話ししてくれるし、泉がプールに落ちたとき他の先生に食ってかかっちゃうし、卒業式の日にキスしてきちゃうし、どう考えても高校生が勘違いするには十分すぎるくらい行動しちゃってる。のに!何考えてるかわからない。なんだこれ!ってなって、先生が何考えてるか、アレコレ考えちゃう。

でも、このすこしの行動が、泉には希望でしかなくて、奥さんの話とか聞いたし、好きになっちゃいけないって分かってるはずなんだけど、葉山先生がもうどうしようもないから、好きになってしまう。だってこんなにたくさんされたら好きにならないわけがない。 そりゃそうだ。

ただ、すこしの理性と、芯の強さが、泉を支えていて、いつも「先生の力になりたい」って言うけど、でもダメなんだよね。なんでかなー。

 

葉山先生は泉が自分を頼ってくれていることを、人間として気力を取り戻すキッカケにしていて、最後海で喋る時に「恋では無かった」って初めてキッパリ言うんだよなー、うーん、ズルい。毎日社会科準備室で待っててくれたり、生徒にキスしちゃったり、そんなことされたら恋愛じゃないだなんて信じられるわけがない!!と、泉世代は思っちゃうんだけど、きっと「そうじゃない」んだ。歳を重ねたら分かるのかしら。

 

んでもってほっとけないのが、小野くん。

小野くんのあの泉を好きになっちゃったが故のメンヘラ感が、とにかくよい。うーん、あれはリアルでよい。小野くんって、泉相手じゃなかったらすごくいい人だとおもう。でも泉を好きになってしまった、葉山先生のことを見ている泉を好きになってしまった、もうそのせいで、感情がブレまくり。

一緒に寝てた時に部屋から出てったことあったよね?なんで?って聞くシーンあるけど、いや、でてったこと気付いたなら何してたかどう考えても気付くでしょ、近くで電話してたやん!!って、冷静にツッコみたかったけど、小野くんにはしてみれば、まだ泉は「小野くん」って呼ぶし、抱き合うけど距離感じるし、泉はもう葉山先生のことは忘れてる、という確証がどうしてもほしくて、本人の口から聞きたかったんだろうけど、案の定葉山先生と電話してた、と。ケータイ見せて、とか言ってくるあたり、ああ〜〜恋愛のせいで不安定な男子ってこわい〜〜〜!でもよい!!

小野くんは泉に自分が作った靴を履かせることで、近くにいると感じて安心してたから、病院に戻ると言い出した泉に、「靴脱いで」と言うからもうほんと、普通に恐怖感じてしまったけど、後からパンフレット読んだら、原作小説の著者の島本理生さんが

行ってほしくないから靴を脱げといったもののやっぱり悪いと思って履いてと言う、土下座までさせる、あのブレが切なくて、とても良かったです。

と、おっしゃっていて、腑に落ちました。そうだね、靴が無かったら歩いて戻らない 。でも泉は違った。まっすぐで、強くて、芯がある。靴なんか無かったって、行きたいところには行けちゃう、強い気持ちで人を想える、強い人だった。小野くんはそんな人を、好きになったんだよ…!

 

んでもってそのまま裸足で先生のところに向かう泉。先生に「靴どうしたの?」と聞かれて、泉がなんて答えるか、すごくドキドキして待ってました。普通に「小野くんが作った靴だったから」、と状況を伝えるとは思わなかった。だって、これは泉と小野くんの関係がどうなったのかを答えることと同じだと思ったから。いらなくなって、とか、走ってるうちになくした、とか、なんていうかなーと思ってた。

泉は、「壊れちゃった」って言った。ああ、小野くんとの関係は、壊れちゃったんだなあ、と思った。泉はもう先生とのことが何も着地しないんだと気付いたときから、小野くんのことを好きになれるかも?とか少しくらい思いながら、自分のことを好きでいてくれる人が近くにいれば自分も先生のことを忘れて、新しく生きていけるとか思ったのかもしれない。

けど、そんな気持ちでいたら、それが小野くんに伝わって、しかも先生のことが全然放っておけなくて、2人の関係は「壊れちゃった」。無念すぎ…あの靴は泉が履く用にサイズができていたのに、もう履く人がいないんだから、もうおしまい。小野くんどんまい…でもこれで、やっぱり泉は強いなあと思う。

 

 

泉は、小野くんといるときはどこか気が抜けてて、少し、心ここに在らず、と感じる目をしてるけど、葉山先生といるときはキラキラしてて、強くて、綺麗な目をしてる。

強いなあ、と思って見てたけど、パンフレットを読んだら、有村架純ちゃんが

 

(葉山先生は)本当に何を考えているのかわからなかった(笑)。なので、泉としてちょっとでも自分が弱くなってしまうと、そのわからなさに負けてしまう、飲み込まれてしまうような感覚がありました。

負けないためには、葉山先生と対等でいるか少し上にある気分でいないと保てないと思い、葉山先生と会っているシーンは「揺るがないぞ」という気持ちでいました。

 

 とおっしゃっていた。

あ〜ですよね!!!もう、今にも抱きついて、付き合ってください奥さんなんて捨ててください私と楽しかった時間を思い出して私のそばにいてくださいあなたも私がいなきゃダメでしょ!!と、叫びたくなるはずなのに、そうは言わない。強かったなあ、泉。

 

葉山先生が奥さんと別れて暮らす理由は分かったけど、いろいろあったのに奥さんの元に戻りたくなるくらい、奥さんのことを好きな理由が全然わからなくて、少しくらい描いてもよかったのでは?と思ったけど、この話は100%泉目線で描かれていて、泉の目を通してじゃないと、葉山先生はストーリーに現れない。

っていうのを、これまたパンフレットを読んでから気付きました。

 

行定監督と小川プロデューサーと話をしたときに、葉山というキャラクターは、泉ののなかに強く残っていればいいとおっしゃっていて、それは面白いアプローチだと思いました。

(中略)

葉山のシーンは全体の三分の一程度で、現場にいた日数もそれほど多くはない。でもその間有村さんはずっと富山にいて泉を演じ、ずっと葉山を想っていてくれた。なんというか、泉という箱があって葉山はその箱に入っていくような、そんな感覚を大切に演じました。

 

だそうな。松本潤のお言葉。

葉山先生のことは、泉を通して見ればいい、というか泉のを通してじゃなきゃ葉山先生の良さってのは分からなかったと思う。

 

 

あとよかったのは松本潤のラブシーンです。あー美しかった。あんな綺麗なの、松本潤じゃなきゃ見れない。ああ松本担でよかった。ほんっと、あの人のエロさ、日曜日11時の渋谷で繰り広げていいものじゃないわ!とりあえずそこはすごく、見れてよかった。綺麗だった。あと、あの時の泉の顔が、すごく綺麗で、ああ、本当に葉山先生のこと、大好きだったんだなあ。と気づく。最後にね、ちゃんと、最後だなあ、と思わされるわけです。

 

で、回想から戻ってきて、懐中時計が動いてる。朝が来て、外が晴れている。

泉はまた違うところで、新しい1日を綺麗に始められるんだな、と思うと、ここまでの苦しみを感じた泉が少しでも救われるような未来を感じられて、ここが原作と違うところ。

最後に葉山先生は「とどまっていたのは僕だけだったんだ」って、いうそのセリフをそっくりそのまま泉に言い返し、それを受けた泉は新しい朝をむかえてる。

 

 

ナラタージュ、本当に良かった。

ああいう、苦しさを、綺麗に見れる映画、邦画の中の恋愛映画のラインナップにはなかなか無いと思います。詳しくないけど。数年後に、見直したいと思う映画です。こういう映画は、時間をおいてあっためておくと、また別の感情が揺り動かされて、違った見方ができるのが楽しいし、映画ならではだなと思う。

葉山先生と、泉と、小野くんに、未来で、できれば数日後くらいには、少しいい事が起こってるといいなと、思います。

最後のシーンで窓を開けて、外が晴れてた時みたいに、いい予感がするような毎日が、みんなに待ってますように。